沿革
| 1935年(昭和10年) | 大阪市に鉄鋼板・鉄鋼材製造を目的として、1月30日設立。 |
|---|---|
| 1940年(昭和15年) | 合名会社大阪トタン板製造所を買収し、亜鉛めっき鋼板の製造を開始。 |
| 1948年(昭和23年) | 電気炉及び反射炉を新設し、鋳鋼品・ロールの製造を開始。 |
| 1949年(昭和24年) | 大阪市に歌島工場を開設し、ホーロー製品の製造を開始。 |
| 1951年(昭和26年) | 寿工業株式会社泉大津工場を買収し、電気炉による普通鋼・特殊鋼のビレット、及び鋳鍛鋼品の製造を開始。 |
| 1952年(昭和27年) | 本社を大阪市東区博労町(現中央区)に竣工した新本社ビルに移転。 |
| 1953年(昭和28年) | 広島県呉市に、冷間圧延鋼板製造工場の建設に着手。 |
| 1954年(昭和29年) | 呉工場が完成し、冷間圧延鋼板・磨帯鋼の製造を開始。 |
| 1955年(昭和30年) | 歌島工場で、建築ホーロー化粧板の製造を開始。 |
| 1956年(昭和31年) | 大阪工場に25屯反射炉一基を新設、大型ロール製造に着手。 |
| 1959年(昭和34年) | 泉大津工場に20屯電気炉一基を新設。 |
| 1960年(昭和35年) | 呉工場にレバーシングミル一基を新設。 |
| 1961年(昭和36年) | 呉工場に連続式酸洗設備一基を更新。 |
| 1963年(昭和38年) | 呉工場に連続式亜鉛めっき設備一基を新設。 |
| 1964年(昭和39年) | 大阪工場に溶融亜鉛めっき鋼板の塗装設備一基を新設。 |
| 1965年(昭和40年) | 鋼板製建築材料の製造・販売を開始。 |
| 1966年(昭和41年) | 米国シグノード社と提携、同社のパッキングシステムに使用する磨帯鋼の独占的製造販売権を取得。 |
| 1967年(昭和42年) | 大阪工場に隣接して新歌島工場を建設し、建築ホーロー化粧版・バスタブの生産を集約。 旧西独クスター社と技術提携し、製紙用スイミングロールの製造を開始。 |
| 1968年(昭和43年) | 千葉県市川市に京葉鉄鋼埠頭株式会社を設立。 |
| 1970年(昭和45年) | エクステリアの製造・販売を開始。 千葉県市川市に、冷間圧延鋼板・ホーロー製品製造工場の建設に着手。 呉工場に連続式亜鉛めっき設備一基を増設、また連続式塗装設備一基を新設。 |
| 1971年(昭和46年) | 市川ホーロー工場が完成。 大阪工場にロール遠心鋳造設備一基を新設。 |
| 1972年(昭和47年) | 本社を大阪市東区南本町(現中央区)に竣工した新本社ビルに移転。 市川冷間圧延鋼板工場が完成。 フィンランドのアールストローム社と技術提携し、製紙用ステンレスカバードグルーブドロールの製造を開始。 大阪市にヨドコウ興発株式会社を設立。 |
| 1973年(昭和48年) | 泉大津工場でグレーチングの製造を開始。 |
| 1974年(昭和49年) | 泉大津工場に連続鋳造設備を新設。 泉大津工場に20屯電気炉一基を増設。 兵庫県西脇市に西脇カントリークラブを開設。 |
| 1975年(昭和50年) | 家庭用品の製造・販売を開始。 大阪工場に超大型ロール遠心鋳造設備一基を新設。 宮崎市にホテルプラザ宮崎を設立。 |
| 1976年(昭和51年) | ホーロー製品の製造を中止。 |
| 1978年(昭和53年) | 市川工場に連続式亜鉛めっき設備一基を新設。 泉大津工場にグレーチング製造設備一基を増設。 |
| 1979年(昭和54年) | 大阪工場に研究開発用塗装設備一基を新設。 |
| 1980年(昭和55年) | 泉大津工場に炉外精錬設備を新設。 大阪市に高田鋼材工業株式会社を設立。 |
| 1981年(昭和56年) | 市川工場に溶融亜鉛めっき鋼板の連続式塗装設備一基を新設。 |
| 1982年(昭和57年) | 国際鉛・亜鉛研究開発機構(ILZRO)より技術導入した、ガルファン鋼板の製造・販売を開始。 |
| 1983年(昭和58年) | 泉大津工場の連続鋳造設備に、モールド電磁攪拌装置を付設。 |
| 1984年(昭和59年) | 大阪工場に連続式多目的塗装設備一基を新設。 大阪市に株式会社アラシン(現ヨドコウ興産株式会社)を設立。 |
| 1985年(昭和60年) | 大阪市東区博労町(現中央区)に、ヨドコウ第2ビル竣工。 |
| 1986年(昭和61年) | 米国ベツレヘム社より技術導入した、ガルバリウム鋼板の製造・販売を開始。 市川工場に連続式多目的亜鉛めっき設備一基を新設。 |
| 1987年(昭和62年) | 東京支社を、東京都中央区新富に竣工した東京ヨドコウビルに移転。 台湾のセンユースチール株式会社に資本参加。 大阪府堺市に株式会社大阪ヨドハン設立。 |
| 1989年(平成1年) | 大阪市に株式会社ヨドキャスチングを設立。 |
| 1990年(平成2年) | 福井県坂井郡三国町に福井工場が完成、家庭用品の製造を開始。 泉大津工場にステンレス製鋼設備を新設、またグレーチング製造設備一基を増設。 神戸市にヨドコウ リ・ホーム株式会社を設立。 |
| 1991年(平成3年) | 市川工場に連続式多目的塗装設備一基を新設。 |
| 1992年(平成4年) | 大阪工場にハイスロール製造設備を新設。 大阪工場に鋼板開発センターを新設。 |
| 1993年(平成5年) | 市川工場に技研センターを新設。 |
| 1994年(平成6年) | オーストラリア Conzinc Riotinto of Australia Ltd.所有の台湾センユースチール株式会社の株式を全数取得し、同社を子会社化。 |
| 1995年(平成7年) | 呉工場の酸洗設備を更新。 大阪工場に建材試験センターを新設。 |
| 1995年(平成7年) | マレーシアに PCM Steel Processing SDN.BHD(鋼板加工)を設立。 |
| 1996年(平成8年) | 泉大津工場のグレーチング圧接機一台を更新。 |
| 1997年(平成9年) | 台湾のセンユースチール株式会社が、台湾証券取引所に株式を上場。 |
| 1998年(平成10年) | 市川工場ISO9001取得。 |
| 1999年(平成11年) | 呉工場の連続式多目的亜鉛めっき設備を更新。 大阪工場及び呉工場ISO9001取得。 タイに PCM Processing(Thailand)Ltd.(鋼板加工)を設立。 ヨドコウ興産株式会社を設立。 ヨドコウ リ・ホーム株式会社をヨドコウビルド株式会社に社名変更。 |
| 2000年(平成12年) | 大阪工場に連続式多目的塗装設備一基、ロータリー・シャーライン設備一基を新設。 泉大津工場の製鋼部門を廃止し、鋼塊事業から撤退。 泉大津工場をグレーチング事業所に改称。グレーチング事業所ISO9001を取得。 大阪工場・呉工場・市川工場ISO14001を取得。 福井工場に第3工場を増設。 センユースチール社に連続式亜鉛めっき設備を新設。 |
| 2001年(平成13年) | ヨドコウビルド株式会社と株式会社大阪ヨドハンを合併し、ヨドコウビルド株式会社を設立。 センユースチール社に連続式塗装設備を新設。 |
| 2002年(平成14年) | 家庭用品分野から撤退。 呉工場の連続式亜鉛めっき設備及び冷間圧延設備各一基を廃却。 静岡県富士市に株式会社淀川芙蓉を設立。 |
| 2003年(平成15年) | 大阪工場(ロール部)ISO9001を取得。 センユースチール社の酸洗ライン設備を更新。 |
| 2004年(平成16年) | グレーチング事業所の製造部門を泉大津工場に改称。 執行役員制度を導入。 中国に淀鋼建材(杭州)有限公司を設立。 ヨドコウ興産株式会社とヨドコウビルド株式会社を合併し、ヨドコウ興産株式会社を設立。 |
| 2005年(平成17年) | 大阪工場に建材製品倉庫を新設。 呉工場に圧延形状制御装置を設置。 |
| 2006年(平成18年) | 大阪工場建材部の業務をヨドコウ興産株式会社に委託。 |
| 2007年(平成19年) | 市川工場の特高変電所を更新。 外装用クロムフリーカラー鋼板を発売。 PPT社(タイ)に粉体塗装設備を新設。 ホテル事業(ホテルプラザ宮崎)から撤退。 |
| 2008年(平成20年) | 大阪建材事業所を開設。 大阪工場に高周波誘導炉を新設。 |
資本金の推移
| 1935年(昭和10年)1月 | 1,500,000円 |
|---|---|
| 1975年(昭和50年)3月 | 4,448,816,900円 |
| 1985年(昭和60年)3月 | 5,751,210,000円 |
| 1986年(昭和61年)3月 | 8,400,029,000円 |
| 1988年(昭和63年)3月 | 15,410,371,633円 |
| 1996年(平成8年)3月 | 18,316,281,160円 |
| 1998年(平成10年)3月(現在に至る) | 23,220,815,228円 |
























