■全一なる対象としての建築を考える
 ライトの有機的建築を継承した遠藤新(えんどうあらた) はライトに出会う以前に、建築を「全一なる対象」と考えていた。大きくは都市・敷地の環境条件から、小さくは絨毯・家具・照明器具に至る全てを一体として、建築を考えていた。因みにライトのいう「有機的」というのは「一体化された統合性を意味するものであり、内発的なもの」である(フランク・ロイド・ライト「有機的建築」三輪直美約)。この意味において、旧山邑家住宅にとって家具は重要な位置を占めている。家具は暮らし方を形にした室内空間(内発的)を構成する大きな要素であり、欠くことのできない存在である。つまり、建築と一体化して設計された家具は室内空間を決定付けるものであり、他の家具では意図された室内とは全く別の空間が現れることになる(写真1-1〜3)。
 それゆえ、このたびの机と小椅子の復元は、ライトあるいは遠藤及び南信(みなみまこと) が意図した室内空間に一歩近づいたことになる。なお、復元に当たっては、阪神・淡路大震災以前に神戸市の山邑家で実測させていただいた図面と写真が基となった。

1-1.建設当初の応接室

1-2.建設当初の和室の一部

1-3.建設当初の食堂

■建築的家具デザイン
 ライトの建築の特徴の一つに、キャンティレバー(片持ち梁、片持ち床版)がある。建物の周囲に柱(あるいは壁)を立て、柱から内側に床を設けるだけでなく、鳥居の笠木が柱から飛び出しているように、柱位置より床を外側に飛び出させる。旧山邑家住宅では現場管理をした南が「夏帽子」と呼ぶ建物周囲の庇がキャンティレバーである。
 復原された机は、この建築的な考え方で設計されている。机の脚は四隅に寄せて設けるのが一般的である。ところが復元された机は脚が中央寄りにあり、脚の両外側に抽斗(ひきだし) あるいは戸棚を付けた設計である。四本の大きな脚の両外側に天板が突き出し、キャンティレバーとなっている(写真2)。机はキャンティレバーの天板から抽斗あるいは戸棚を吊った格好に設計されている。まさに天秤棒あるいはヤジロベエのバランスである。  天板の中央寄りにある脚部は、キャンティレバー部分とのバランスをとり、太く大きい部材となっている。この脚には軽やかさを表現するためであろうか押し縁飾りが取り付けられ大きな脚の単調さを取り除いている。抽斗より下は脚の内側が斜めに削ぎ落とされ愛嬌のあるフォルムとなっている。因みに、大テーブルにも同様の脚のデザインがみられるほか、遠藤の設計による上代淑(かじろよし)邸(1924)の大・小テーブルの脚部にも類似性が見られる。
2.大きな脚から突出す天板

机正面側

天板周辺の装飾

側面の装飾

脚部周辺の装飾


 次に、小椅子については、ライトのデザインの特徴の一つである縦格子の入った背が、姿全体を決定付けている(写真3)。格子の先端には幾何学形態の細工が見られる(写真4)。もう一つの特徴は、座面下の側面に取り付けられた板である。2枚の板を込み栓で押さえて固定してある(写真5)。このような方法は、遠藤が設計した自由学園の椅子とテーブルに見られる(「婦人之友」1923年6月号)。あるいは1924年に竣工した萩原庫吉邸※などに類似の椅子があることから(写真6)、遠藤の考案したデザインが取り入れられた可能性が高いと考えられる。  因みに、帝国ホテルの椅子とテーブル(写真7)については各部材が細く、幾分華奢な印象を受けるのに対して、旧山邑家住宅の机および小椅子については重厚な印象を与えるデザインが特徴となっている。

※遠藤新が設計を手がけた陸屋根の木造平屋住宅。1991年に復元・改修工事が行われ、2000年に世田谷区初の登録有形文化財に登録された。

3.背面に縦格子の
入った小椅子

4.縦格子先端の装飾

5.座面下側面の装飾

後脚部の装飾

前脚部の装飾

背面脚部の装飾

6.萩原庫吉邸家具
(撮影/井上祐一氏)

7.帝国ホテル・家具
(帝国ホテル・パンフレットより)

■結び −他の家具復元への期待−
 机と小椅子が復元され、このたびヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)に設置された。このことは復元保存に新たな一ページが開かれたという大きな意味を持つ。復元された2点の家具以外に、大テーブル、小テーブル、衝立の実測図がある。時間はかかるかもしれないが、今後の家具の復元に期待を寄せている。

→写真・図面・解説文/井上 祐一 氏
→復元された机と小椅子
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