建築家から見たヨドコウ迎賓館(第四回)
前編 「アメリカ西海岸に建つもう一つの『山邑邸』」

立葵(たちあおい)の家。
(1)バーンズドール邸(外観)(1)バーンズドール邸(外観) (1)バーンズドール邸(食堂)(1)バーンズドール邸(食堂)
 アメリカの西海岸、ロスアンジェルスのハリウッドを望む小高い丘の上に、その頂のなだらかな斜面にまるで寄り添うように、フランク・ロイド・ライトが設計したバーンズドール邸が建っている。(写真1)
 1917年に設計され、Hollyhock House(ホリホックハウス)(立葵の家)という愛称で呼ばれるこの邸宅には、施主が好んだという立葵の花をモチーフとした幾何学的デザイン(写真2)が、外壁や窓ガラス、家具などの至るところを飾っていて、建物を訪れる人たちに強い印象を残す。
 バーンズドール邸のある丘からは、眼下にロスアンジェルスの街並みが眺められ、彼方の丘の斜面には、同じくライト設計によるエニス邸の偉容を見ることができる。エニス邸は、その溢れ出るアイデアを抑えきれないかのように、1923年にライトによって立て続けに設計された4棟のテキスタイルブロック様式の住宅の一つで、正方形のブロックの表面に成形された意匠が建物全体に繰り返されるデザインは、帝国ホテルで試みた手法を発展させたものだ。(写真3)
 コンクリートブロックを積み上げる工法を用いたこの住宅は、ライトの後期住宅様式であるユーソニアンハウス(※1)が、板材を水平方向に貼る工法に移行する以前の、ユーソニアンの原点でもある。

※1施工性・コスト面に工夫を凝らし、幅広い層に対して安価かつ高品質な住宅の提供を目指した住宅様式。「ユーソニア(Usonia)」は、英国の作家サミュエル・バトラーによる造語であり、彼の著作に共感したライトが自らの建築哲学を表す言葉とした。

(2)ホリホック意匠

(2)立葵の花

(3)正方形のブロックが連なるエニス邸


■空間のダイナミズム。
(4)プレーリーハウスの一つであるハートリー邸(4)プレーリーハウスの一つ
であるハートリー邸
(5)自由学園明日館(5)自由学園明日館
 バーンズドール邸に話を戻すと、そこにはまだテキスタイルブロックの意匠は見られず、初期の住宅様式であるプレーリーハウス (写真4)(※2)の面影を留めている。数年後に手がける自由学園(現・ 明日館(みょうにちかん)) (写真5)(※3)との近似も見い出せるが、同様に丘の上の斜面に計画されていることもあってか、翌1918年に設計された山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館)との類似点が数多く見られ、似通った印象を持つこの二つの住宅は、その外観が他のライトの作品の中に類型を見ないという特徴も併せ持つ。 (写真1・6)
少し斜めに傾いた屋根廻りの外壁や、その縁を彩る装飾などの形態の類似性ももちろんだが、地形を利用した空間構成に、その共通点を最も顕著に見てとることができる。部屋と部屋相互を、巧みな床の段差や、部分によっては極端に低いと思われる天井で、ダイナミックに空間を切り替えながら連続させていく設計手法には、ライトはこの時点ですでに熟練しており、丘の斜面という地の利と相まって、十二分にその才が発揮された空間づくりがなされていると言えよう。
ライト不在の中で竣工した山邑邸においても、その設計手法は健在であり、天井や床のレベルを複雑に変えながらも、絶妙なプロポーションを保って連続する空間は、来訪する者を感嘆させるデザインの力に満ちている。 (写真7)その完成度の高さからは、ライトの帰国後、彼の助言なしに設計を進めなければならなかった、当時の 遠藤(えんどう)  (あらた)(みなみ) (まこと) の苦労がしのばれるが、現代における山邑邸への賞賛は、その労をねぎらうのに充分であろう。この後ライトの建築は、前述のテキスタイルブロック住宅を経て、板材を貼った壁の水平ラインが美しいユーソニアンハウスへと移行していく。

※2 “草原住宅”の名の通り、アメリカの広大な草原と一体となるよう、緩やかな勾配の屋根と水平方向に伸びた深い軒で構成された住宅様式。
※3 ライトと遠藤 新の共同設計により、1921年に東京の西池袋に建てられた木造校舎。1997年に国の重要文化財の指定を受け、現在は結婚式場などとして利用されている。

(6)山邑邸 外観 (撮影:Jack Higbee)
(7)山邑邸 3階廊下
(7)山邑邸 3階廊下


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