建築家から見たヨドコウ迎賓館(第三回)
前編 「山邑邸の色彩復原に想うこと(1)」


■修理はリアリズム。
 歴史的建造物の修復工事から見いだされる事実が、時に建築史の常識に大きな変更を求めることがあります。山邑邸の壁に塗られたペンキもそのような常識を覆す事実ではなかったかと思われます。なぜならF.L.ライトは自然素材しか用いないという常識に反し、この建物では大々的にペンキ塗の仕上げが用いられていたからです。
 現場の痕跡からみれば竣工時からの処理という判断は動かしがたい事実でしたが、修理委員会でも何度か議論となりました。結局、この議論は『新建築』誌に記載された南信(みなみ まこと)の竣工報告で、室内仕上げが全てペンキであることが記載されていたので決着することになりました。
 文化財の修理は史料からの判断を補助的に利用することはあっても、あくまで修理方針はリアリズムに徹し、予断は許されません。オリジナルの仕上げがペンキ塗であることが確認できれば、その判断が優先されます。曖昧な推論は誤った事実を残すことになるからです。
 山邑邸のペンキ仕上げについては、本誌前号で西澤英和博士が構造上の見地からこの仕上げが採用された理由について意見を述べられ、遠藤(えんどう)(あらた)、南信による現場判断であろうという推察をされています。その見解を踏まえながら、ほぼすべてと言っていいほど全面的になぜこのようにペンキ仕上げを採用する必要があったのかという疑問について今回は色彩復原の立場から考えてみます。それは、この山邑邸の設計者とされるF.L.ライトと実際の設計と監理を行った遠藤 新、南 信との関係についても理解を深めさせてくれるように思われるからです。

■色彩の復原作業。
 修復工事に際しての課題は、室内の彩色を当初の色に戻すという復原的な方法がいいのかどうかということと、調査を根拠にすると同じような茶褐色の壁が応接室から廊下、和室まで繋がってしまうということでした。

資料1.色彩調査


資料2.修理前のペンキ塗りのサンプル
 室内の色彩を復原的に戻すかどうかについては、時代とともに塗り重ねられた色彩の変化も重要ですが、山邑邸の場合は建築家の設計した“作品としての価値”を尊重するという理由から復原できるところはオリジナルに戻すことにしました。そのために失われる生活の中で積み重ねられた様々な色の選択も貴重な歴史なので記録として残し(資料1)、サンプルとして保存することにしました。(資料2)
 一方の茶褐色の連続ということについてはまったく予期しない結果でした。(写真1・2)さらに詳しい根拠を得るために、例えば入隅(いりすみ)※1や素材が変わる部分など、色を変えることができるところを仮定しながら色の繋がりを追うことにしました。すると、同じ茶褐色でも微妙に、というよりも明らかに明度や彩度が異なる場所があることが判ってきました。逆に、同色であっても陽が当たる廊下で見るのと、部屋で見るのとでは全く違った色に見えるということにも驚かされました。周りの木々の色や床からの反射などの外的要因によって色は千変万化し、下地の凹凸の具合でも変化しました。

写真1.3階廊下

写真2.応接室
 微妙な色彩の違いを追っていると、それまで用いていた私の眼鏡のレンズに付いている薄い色も影響することに気付き、慎重を期すために大急ぎで無色のレンズの眼鏡に買い換えました。そうした調査から得られた結論は、当時の色合わせが現場調合であったということを考慮すると、壁面ごとの微妙な違いは施工上の誤差であり、同色で色彩計画がなされたのであろうということでした。
 しかし、かなり地味な茶褐色で廊下から部屋まで塗っていった場合、修理後の印象はどうなるのだろうという危惧は最後まで拭えませんでした。失敗したら私の責任であり、成功してもあまり褒められることがないのが、この色決めという作業なのです。


■ペンキ仕上げの技法。

写真3.2階倉庫に残る膠水塗りの跡
 色彩の復原で問題となるのは、漆喰塗の上にペンキは塗れるのかということでした。漆喰面は弱いとはいえアルカリ性であり、この上にペンキを塗ると油脂分が劣化することが予想され、漆喰面に直接ペンキは塗りにくいという問題がありました。成分調査の結果、ペンキ塗の下に何らかの有機物質があることが判ったので、古い仕様書を調べたところ、下地剤として(にかわ)※2を温めた水で溶かして用いるという技法が記載されていました。膠水(にかわみず)塗りという技法です。そういえば2階倉庫の漆喰仕上げの表面には何か黄ばんだ光沢があり、それが何なのか判らずにいたのですが、ようやくその仕上げが膠水塗りという下地処理であるということが判ってきました。(写真3)
 この膠水塗りですが、当然ながら現代工法にはないものであり、施工会社の品質保証の問題もあり、1階の事務室にだけ試験的に塗ることにしました。今でも問題は無いようなので、次の修理の際にはこの技法が参考にされることでしょう。(後編に続く) 
 

※専門的な内容については『重要文化財 旧山邑家住宅(淀川製鋼迎賓館)保存修理災害復旧工事報告書』所収の「内部塗装の復原と計画」(p.26-p.31)に記載しています。

※1 壁など二つの面が出会った所の内側の部分
※2 動物の皮革や骨髄から採られる天然系接着剤の一種



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